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ファッションは私の戦闘服・美輪明宏さん [STR通信 2017/08/15]

投稿日:2017/08/15

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こんにちは、森松です。

 

1945年 8月15日、昭和天皇の玉音放送により、戦争が終結したことを国民が知ります。
それから72年たち、当時を知る人たちが減っていくなか、8/10 NHK「くろげん+ 夏休み課外授業」に美輪明宏さんが出演して、子供時代に体験した戦争の悲惨さを伝えました。
http://www.nhk.or.jp/school/warandterrorism/

 

世界情勢や近隣国の行動が気になる毎日ですが、いま一度 戦争やテロについて考える日にしてみましょう。

 

美輪明宏さん 1935年5月15日生まれ

https://str-org.net/gift/4NkMfqWqEJX2ZHMKt

 

心:△1金(本質。家族や恋人から見た人柄)
せっかちでじっとしていられない男性。
気取りがなく格好は二の次で、どう見られようがお構いなしです。
ロマンティストな面もあり、いつまでも若々しく自分の理想を掲げて前に進んで行きます。
忍耐強く、苦しい時にも明るさを失わない様なたくましさを持っています。

 

頭:△3(考え方。仕事の時の様子)
夢と希望に満ち溢れた、天真爛漫、好奇心旺盛な冒険家。
即決即行動の失敗を恐れず、やってやれない事はないと思う精神性。
常に可能性追求し、皆の中心が大好きで、世界で通用する人間を目指す。

 

適応値:D23(ストレスの受けやすさ)
ストレスの発散が苦手で、内部に蓄積しやすいので肉体的・精神的にかかる負担が大きくなる傾向にあります。
一人でできる職業や特殊な分野の職業に就く方が良いでしょう。
枠にとらわれず自由奔放に生きる道を探すのがベストです。

 

・・・・・

 

美輪明宏さんは、長崎県長崎市の出身。
5人兄弟の次男として、丸山遊郭と呼ばれていた遊郭街で育ちます。
父親はカフェを経営していましたが、戦争が始まると敵性文化を扱っていたので閉店。

 

1945年8月9日(10歳)、自宅の窓際で御伽草子の「万寿姫」の絵を描いていた彼。
絵のできあがりを確かめようとしたとき原爆がさく裂します。
爆心地から4キロ離れた場所でしたが、まばゆい白い光が雷のように走り、その後、世界が息を止めたような静寂に包まれます。
少し遅れて激しい爆発音が届くと、大地震がきたかのように家が揺れ、近所の建物は天井が飛ばされ傾きます。

 

終戦後は、兄弟とともに貧しい暮らしをすることに。
映画で見たボーイソプラノに衝撃を受け、小学校の頃から声楽とピアノを習っていた彼は、15歳で上京して国立音楽高等学校に進学します。
しかし、家業の倒産により学校を中退し、進駐軍のキャンプを廻りジャズを歌って生活をします。

 

1952年(17歳)銀座のシャンソン喫茶『銀巴里』の美少年募集の張り紙をきっかけに歌手デビュー。
1957年「メケメケ」が大ヒット。
ユニセックスファッションと、三島由紀夫が「天上界の美」と絶賛し、「シスターボーイ」と評され一世を風靡。

 

ただブームがすぎるとまた不遇の時代が続きます。
コツコツと作詞作曲をためていき、1964年 日雇い労働をする母親の姿を歌った「ヨイトマケの唄」で再び脚光を浴びます。
77歳の2012年には「紅白歌合戦」でこの歌が唱われ、圧倒的な表現力を絶賛する声があふれました。
https://youtu.be/sMxfM230jt4

 

美輪さんの心「△1」は、何者からも束縛されたくない、自由な魂そのものです。
天才的な直感力と閃きで、世界を切り開いていく人です。
二面性を持っていて、絶対的な安心感を求めるときもあります。

 

仕事のスタイル・頭は「△3」です。
チャレンジャーで、どんな困難にも果敢に挑戦して乗り越えていく人です。
超ポジティブで過去のことは、あまり振り返らないタイプです。

 

エネルギーの値・適応値は「D23」と、かなり低めです。
大勢で物事を進めることは、精神的にストレスになるので、極力ひとりで出来る仕事があっています。
作家として「紫の履歴書」「人生ノート」「天声美語」「ああ正負の法則」など、たくさんの著書をだしていたり。
「もののけ姫」や「ハウルの動く城」へ声優として参加するような、仕事の仕方が、少ない適応値には良いでしょう。

 

さて、くろげん+の番組のなかで美輪さんは自身の戦争体験を語ります。

 

戦地へいく我が子を駅で見送る母親が「絶対に帰ってきて」と、泣きながらしがみついていました。
それを見た軍人は母親の襟首をつかみ、「お国のために戦え!だろうが!」と、柱に投げ飛ばします。
血だらけになった母親と、それを見つめる息子の顔が忘れられないと、美輪さんは言います。

 

たくさんの人や物がなくなっていく戦争で ”失わなかったもの” は何か? と子供たちから聞かれると

 

「戦前は長髪の詩人も居た。
それが戦争になったらセーラー服の襟元に、鮮やか色がみえただけで袋叩きにされ、その子は亡くなった。
理不尽な軍閥とか軍国主義のね、そういう連中に権力を持たせるのは絶対ダメ!」
と、出演していた鈴木福くんや鈴木梨央さんに強く訴え、

 

「自由を奪われた戦時中でも “反抗心” “反権力” は失わなかった、私のファッションは戦闘服なの、自由を護る闘いの。」
と、戦後に彼がカラフルな衣装を身にまとう理由を語りました。

 

争いが起きる理由は様々です。
互いの主張が平行線をたどり、ついには武力で決着をつけようと一方が動いたら、もう後戻りできません。
そうなる前に、相互理解をはかる場があると良いのですが…。

 

「知らない」ことが「不安」や「不気味」に変化していきます。
日頃から異文化理解をする機会を持っていきたいですね。

 

今日はこのへんで、それではまた来週。

 

 

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