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最後まで女優でありつづけた野際陽子さん [STR通信 2017/06/21]

投稿日:2017/06/21

こんにちは、STRコミュニケーション協会の森松です。

梅雨に入ったはずなのに、山口は30度近くの気温が続いていました。
蒸し暑くて小窓を開けっぱなしにし、半袖で眠ったら、まんまと体調を崩しました。
お腹冷やすとダメですね。みなさんもお気をつけて。

さて先週13日に女優の野際陽子さんが亡くなられました。81歳でした。
2014年に肺腺癌になり手術をし、一時は回復して、今年は「警視庁捜査一課9係」「やすらぎの郷」などに出演していました。

6月24日公開の「いつまた、君と~何日君再来~」では、亡くなった夫・吾郎との思い出を手記として記録していた、芦村朋子役(現代)を演じています。
http://itsukimi.jp/

いつ見ても若々しく元気だった、野際さんのSTRスコアを見ようと思います。

野際陽子さん 1936年1月24日生まれ

https://str-org.net/gift/mqfmkyt3Rxv6sf67W

心:△3花(本質。家族や恋人から見た人柄)
さりげなくセクシーなムードを漂わせる大人の女性。
人生を意欲的に生きようと、幅広い知識と才能を巧みに使い、積極的にアプローチをしていきます。
一見、ソツのない落ち着いた態度に見えますが、その裏には男まさりの野心と負けず嫌いな一面を隠しています。
そんなプライドの高さが、短気を起こさせ、現状への不平不満が爆発する事も。

頭:△4(考え方。仕事の時の様子)
努力は天才に勝るを地で行く、人知れずの頑張りやで影の努力家。
問題点を見つけるのがうまく、口先よりもまず実行の行動派。

適応値:P6(ストレスの受けやすさ)
団体生活で生きて行くのにマッチした人と言えます。男性、女性ともに会社などの組織で働く事を無難にこなします。

・・・・・

野際さんは、石川県生まれ。3歳から東京都杉並区で育ちます。
立教大学 文学部英米文学科で学び、英語劇に多数出演します。

卒業後 1958年にNHKにアナウンサーとして入局、名古屋に赴任してお天気担当、伊勢湾台風の報道に関わります。
NHK退職後、1963年TBSドラマ「悲の器」でデビュー。東映映画などに出演するように。

1966年には念願であったパリ・ソルボンヌ大学へ留学。アリアンスフランセーズでもフランス語や文化を学びます。
1967年パリから帰国するときは、ヒザ上10センチのミニスカート姿でタラップを下り、周囲を驚かせました。(日本におけるミニスカート第一号)

1968年ドラマ「キイハンター」がスタート、一世を風靡します。
1972年には共演の千葉真一と婚約、翌年結婚。1975年に真瀬樹里を出産します。

野際さんの心「△3」は、今その瞬間を最大限に楽しもうと、ポジティブに行動をするタイプ。
リスクを考えるよりも、身体が反応してすでに飛び出している感じです。
実践から学びとるセンスも鋭いので、得意の英語やフランス語で最新ファッションを勉強し、身につけて帰国したのでしょう。

仕事の仕方である頭は「△4」です。
行動派なのは心と似ていますが、こちらは入念に準備をするタイプです。
プロフェッショナルを目指し、人が見ていない所でコツコツ努力しています。

晩年まで、健康とプロポーションの維持に並々ならぬ努力をしていました。
人から勧められた健康器具や健康食材でいっぱいだったそうです。
自宅でも両腕にダンベルを持って、野際流のスクワットを200回するのが日課でした。

1992年、一大センセーションをおこしたTBSドラマ「ずっとあなたが好きだった」。
佐野史郎さんが演じるマザコン『冬彦さん』の母親を演じました。
冬彦さんへの愛情が半端なく、冬彦さん妻(賀来千香子さん)を徹底的にイジメる姑の演技が、それはもう怖かった。

2000年からは、テレビ朝日「トリック」シリーズや映画版に出演し、仲間由紀恵さんの母親役を演じ、若者からも支持を得ました。

知的で、ユーモアがあり、真摯に役柄と対峙して、女優として毎日を過ごしていた姿は、ひとつの理想像ですね。
芯の通った素敵な女性でした。

最後に佐野史郎さんと、黒柳徹子さんのメッセージを載せて終わりたいと思います。

『野際陽子さんの訃報が届く。野際さん…ていうか、野際ママ。第二のお母さん。

四半世紀前…いや、もうちょっと前にドラマで共演させていただいてから、何本もの思い出いっぱいの作品でご一緒させていただいた。
こないだ会ったばかりな気がするのに。
インテリジェンスあふれる会話から、下ネタまで、楽しかったなあ。
辛いそぶりなんかカケラも見せず…。なんだか実感がない。

野際ママ…身体はなくなっても、作品の中ではまだ生きてるよ。
そういや、ドラマの中とはいえ、人生で最後にキスしたのが僕でゴメンなさい。
野際陽子さん、本当にありがとうございました。
安らかにお眠りください。』

『大好きだった、そして仲良しだった野際陽子さんへ

NHKに入ったのが、およそ60年前。あなたはアナウンサー、私は放送劇団。その頃からもう気が合っていて、一緒にフランス語を習ったり、同じお洋服屋さんで、お洋服を作ってもらったり。
私は、あなたの感覚が、好きだったし、何より正直だった清らかなあなたが好きでした。

転勤で名古屋でのあなたの個人アパートに泥棒が入った話は、おかしくて「徹子の部屋」だけでも、4回は、して頂きましたね。いやがらずに、よく話して下さったわね。

そういえば「死」ぬときのことなんかも、呑気に話しあっていましたね。次に、あなたとお会いしたときに、どんなだったか話しあいましょうね。
野際さん、あなたのいらっしゃらない、この世界は、寂しいです。本当にお友達がいなくなったようです。
じゃ、今度お会いするまでね。お友達でいて下さってありがとう。』

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